蒼月るちるの雑多ブログ

〜Twitterみたいに〜

変わってる、よね。

 

明けましておめでとうございます。

本年もゆるりと、よろしくお願いいたします。

 

 

さて、またヅカ話。

色々と考えてたら…やっぱ自分

宝塚のファンとしても

変わってるんやない?と思いまして。

 

 

最初に考えたのが↓コレ。

 

好きなればこそ、弱い部分や

ダメな部分を理解し認めた上で

それでも応援したい派…なこと。

 

はっきり言ってしまうと

現OGの贔屓はお歌がダメでした。

下手というより声質(?)が特徴的で…

音は外さないんですけどねー

男役としては微妙だったと思ってます。

 

※卒業後のファンミやミニライブなどで

歌を聞くと「やっぱり弱い…」と思いつつ

気持ちがスゴく込もっているので

毎回、泣かされてます(笑)

 

 

贔屓目でも甘々に見ても、お歌はダメ…

芝居は弱い、ただダンスは上手い!

単純に、私は惚れた。それだけ。

下手だとか弱いと言われる部分を

否定しないし、出来ないし

むしろ、しようと思わない。

『そうなんですよ…』

『でも、私は大好きなんですよね〜』

っていう感じ。

 

お歌が…芝居が…ダンスが…って言われて

本人比では上手くなった!とか

頑張ってますから!と

下手に擁護するのでは無く…

(努力を認めた上で!)

『そうなんですよね〜』って言えたら

変な歪みも無くなるだろうに、とか。

 

 

そこから更に考えたのが↓コレ。

 

人間なら誰しも

『生理的に無理』って

あるじゃないですか…?

 

タカラジェンヌだって

職業柄(?)はフェアリーですけど

中身はやっぱり人間ですから…

 

私の大好きなあの人やこの人や

どの人にだって、苦手に思ったり

無理だな…って感じたりする人は

必ず居るだろうってこと。

 

歌、ダンス、芝居のクセであったり

声質やメイクなどなど

『無理だ…受け付けない…』なんて

あって当たり前だろうと。

 

 

私は宝塚が大好きだし

ジェンヌさんのことは皆さんを

応援はしています。

 

…が!

 

正直に…いや、ぶっちゃけて言えば

苦手な人が居ない(居なかった)訳では

ないのですよね。

 

だからっておおっぴらに

声高に表明したりはしませんが。

 

一つ、例をあげるなら

特定の人では無い所ですと…

私は『雪組歌唱』が苦手でした。

 

 

ま、例えるなら

今の私が非の打ち所が無いよな〜

と思うジェンヌさんの一人に

こっちゃん(礼 真琴)が居ますが

きっと“世の中”には

苦手に思う人も居るでしょう。

 

今、私の中で

推しから贔屓になろうとしてる

ちなっちゃん(鳳月 杏)にだって

生理的に無理な人が居るでしょう。

 

でも、それは仕方ないというか

本当に当たり前のことで。

 

詰まるところ

『自分がその人を大好き』なら

それだけで十分だな、って。

 

もちろん同じ思いを共有し

共感できる人もたくさん居て

その言葉や思いの中に浸って

幸せを噛み締めてますし

そういうのはスゴく有り難いです。

 

でも

 

たとえ同じジェンヌさんを好きでも

ここは同意!ここは……。って

あって然るべきというか

 

惚れポイントって

人の数だけあると思ってるんですよ。

 

で、それで良くない?って…

『好き』は同じなら良くない?って…

 

 

応援の仕方、好きの表し方も

出来る範囲も人それぞれですし

 

どこか(誰か)に『好き』と

思えているなら、それで良いじゃない?

 

とか、思ったりなんだり…

 

 

なんか纏まらなくなっちゃった(汗)

 

とにかく『自分が誰か(何か)を大好き』なら

そして、その気持ちを共有して

共感し合える人が居るなら、それだけで良いし

わざわざ嫌いor苦手な人を出してまで

好きな人を上げる必要はないし

人の好き嫌いにとやかく言わなくて

良いんじゃないかなぁ、と。

 

 

私はちなちゃんが大好きだから

私なりの、私に出来る範囲の応援を

黙々としていくだけだし。

 

好きなら、それで良いやん♪